教員による自己紹介(番外編:ブクログ紹介)

今月は趣向を変えて、昨年度の読書関連記事を振り返りつつ、「ブクログ」の紹介をしたいと思います。

「ブクログ」…?

ブクログ」というのは、web本棚サービスを提供しているサイトです。(おそらく「Book Log」から来ているのだと思います。) 下にあるのはブログパーツです。本をクリックするとブクログページが開き、書名がはっきりわかりますよ。


このサイトでできることはいくつかあります。

 (1)自分が読んだ本の評価や感想を書く。
 (2)他人か書いた感想を読む。
 (3)自分の本棚を作る。

人間文化学科では、主に(3)の機能を利用して、「ジンブンの本棚」をコツコツと作っております。本棚には現在200冊くらいの本が登録されています。下の写真はその本棚の画像です。ズラリと本が並んでいます。本好きであれば、書店や図書館に入った時にワクワクするあの感覚があるかもしれません(こちらでは実際のweb本棚を見ることができます)。
バーチャルではありますが、「ジンブンの本棚」は、

・学科教員の専門
・学科教員が今行っている研究
・学科教員が担当する授業
・学科行事に関連する本

など、人間文化学科の特色を手軽に知ることの出来る場所です。その他、これまで定期的にアップしてきた「教員による図書紹介」で紹介された本も登録しています。教員の意外な一面を知ることもできるでしょう。「カテゴリ」機能を使えば、そのカテゴリのみの本を表示することもできます。地味ではありますが、「こんな本もあるんだ」と気楽に本と出会える場所をのぞいてみて下さい。

【参考リンク】

教員による図書紹介(1)
教員による図書紹介(2)
教員による図書紹介(3)
教員による図書紹介(4)

留学便り「人と国について考えてみる」-中国・貴州師範大学


現在、中国の貴州師範大学に留学中(一年間)の荒井賢くん(4年次生)から、現地の生活について書いてもらいました。貴州は北京や上海といった大都市とはまた異なる地方都市。住んでみなくては分からないことだらけ…。荒井君は何を考えたのでしょうか。

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皆さんこんにちは、荒井です。
貴州へ来てから早8カ月が過ぎようとしています。そうですね、ここでの生活は相変わらず慣れませんが、日本での生活も慣れていないので、慣れる慣れないは問題ではありません、というのが結論です。それよりも大切なことはたくさんありますから。
左側が荒井君です
ここへ来てから、たくさんの人から「日本人」ということで扱われました。私のことを日本人だと知ると急に態度を変えた人も少なくなかったです。どうでもいいじゃない、と思うのですが大抵の人間の関心はそこです。サンテグジュペリ著の『星の王子さま』に出てくる数字が好きな大人たちの描写を思いだいます。どうして大人になると、大抵はこの方向へと似通ってくるのでしょうか、不思議です。

さて、日本人です。
遠慮する、人情味が欠ける、おとなしい、無口、勤勉、真面目、礼儀正しい、掃除好き、南京大虐殺、尖閣諸島、などなど言われました。また日本について、アニメ、綺麗、桜、富士山、広島は原子爆弾が投下された、武士、たこ焼き、寿司、東京、大阪、京都、北海道、などなど言われました。

そうですね、それでもいいと思います。他人が思う日本人、日本で結構です。ただ、全体的な知識としていうことができることは、一般的な範囲だけです。そこには想像力を刺激させる資源はありません。

人と関わろうとするとき、大切なことはなんでしょうか。言葉での交流でしょうか。予備知識を前もって準備することでしょうか。気まずい空気にしないことでしょうか。

私は違うと思います。時間と手間を掛けることです。
よく、「言葉で意思疎通できないときどうする?ボディーラングウィヂ?」と聞かれたことがありました。今なら自信をもってこう答えます。「ひとまずあきらめて、次の機会に備える」。言葉はあまり重要なことではないのです。あ、でも、私が現在、外国語を身につけなければならない立場だということは、もちろん弁えています。心配は不要ですよ、先生方。

私たちは子どもだったとき、どうやって友達を作っていったのでしょう。どうやって世界を測っていったのでしょう。それを思い出せますか。手の届く距離で、あれこれ考えながら、生きていたはずです。

私はどうして、中国に留学することになったのかなあ、と考えると、あれやこれや思い浮かんでくることがありますが、一番の大きな理由は、中国を故郷とする友達ができたからです。なんとなく友達ができた。そこからその人たちが育った環境に興味が湧いてきた。多分このことは、私が現在貴陽にいる大きな原因です。
福大の留学生達と
でも、実際は中国なんてものはありませんでした。国を作っていった人たちがあるだけです。そんなの関係ないやという分野で生きている人もいます。広いですからね。

私たちは生まれる場所を選ぶことはできません。当たり前ですね。それなのに、どうして簡単に良いやつ、悪いやつ、と人を分けるのでしょうか。碌に関わってもいないのに、表面的な情報で知った気になって、他人を無意識に攻撃する人間に対して、私はたまに憤りをさえ感じます。

何の知識もなく関わったっていいじゃないですか。最初に会ったときは嫌だなって思っていた人が、半年か一年後になって、なんとなく気の許せる友人になるかもしれない。そこから、その人たちが育った身近な環境(家族とか友人とか先生とか海とか砂漠とか森とか)へ広げていくことだってできます。目の前の個人と、対等な相手として接する。これは、とても大切なことではないのでしょうか。

貴陽は風の流れる街です。寮の裏の方面に思賢山という山があって、私の住む部屋の窓からその森の様子を眺めることができます。たまにリスを見かけます。小鳥が毎日鳴いています。暖かくなってくると、小さな羽虫がたくさん出てきます。冬はたくさん雨が降りました。空が雲で覆われる日は少なくありません。


2017新入生合宿オリエンテーション!

新入生45名とともに、新入生合宿オリエンテーションに参加してくれた2年生のKさんたちから合宿についての記事が届きました。ではどうぞ!

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新入生の親睦を深めるため、4月5日から6日の二日間でツネイシしまなみビレッジで合宿を行いました。
 
ぜーんぶ手作り!!!
福山大学での履修決めと新入生の自己紹介を行いました。自己紹介をしてもらう前は、まわりと会話しているように見えなかったのですが、自己紹介で名前と出身と好きなことを言ってもらったことで趣味などでまわりの子と盛り上がっているように見えました。そしてツネイシしまなみビレッジへ行くころにはにぎやかになっていました。
ツネイシしまなみビレッジは新入生が楽しんでもらえるように、学生リーダーの3人で準備したレクリエーションを行いました。まず大学や人間文化学科のことを楽しく知ってもらいたいと思い、手作りの「じんぶんカルタ」を行いました。 
カルタ探し中…
「盛り上がらなかったらどうしよう…」と思っていたのですが、楽しそうに参加してくれていました。春休みを使って頑張って作ったのでうれしかったです(*^^*) 
構えがきまってます(笑)

なんのジェスチャーでしょう?(笑)
かるたの次にジェスチャーゲームを行いました。グループごとに前に出てもらい、箱の中のお題を引いてジェスチャーをしてもらいました。はじめは恥ずかしがっている子や声を出していない子がいましたが、やっていくうちに自然と声が出てきて笑い声が多く聞こえてきました。またグループで協力することで仲が強まったと思います。ジェスチャーゲームの景品でどのグループにもお菓子を用意しました。お菓子を分ける時も楽しそうにしていました。
ノリノリです(^O^)
食事の時や休憩時間ではレクリエーションのおかげか、初めの時とは違い仲良く話をして楽しそうにしていたように感じました。今回の合宿では1年生の仲を少しでも深めることができたのではないでしょうか。これからの4年間を充実したものにしてもらいたいと思います。
大学生活いっぱいたのしもう!!!


【不定期企画】教員による図書紹介(4)2017年4月

「月1企画」と言いながら、「月1」の看板が次第に揺らいできましたが…それでも、間隔が空きすぎないよう今後も続けていきます。年度初めを飾るテーマは「歴史」です。

脇 先生

学問をするうえで、その領域の歴史、すなわち学史(研究史)を知ることは非常に重要です。研究はその新規性を問われるものですが、自分勝手に何かを「発見」するわけにはいきません。もはや、りんごを落として「重力を発見したぞ!」なんて言えないわけです(検証にはいくらかの意味があるとしても)。つまり、〈今〉と〈これから〉において何が「新しい」のかは、学史という〈過去〉から見えてくるのです。
加賀野井秀一『20世紀言語学入門』、講談社、1995

富永健一『社会学講義』、中央公論社、1995
私が二股をかけている言語学と社会学から一冊ずつ。いずれも学史に沿った入門本であり、まさに王道ともいうべき内容です。特に『社会学講義』は、今読むと富永社会学の“色”も出ていて(読んだ当時はわからなかった…)、昨今の軽薄な新書とは一線を画す名著と言えるでしょう。

二冊とも20年前(!)の本ですし、新書という制約もあって、当該領域のすべて&近年の状況を網羅できているわけではありません。ただ、そこは読み手が補えばよい話。読書にしても授業にしても、学びのきっかけでしかないのです。

古川先生

磯田道史『江戸の備忘録』、文春文庫、2013
『武士の家計簿』の作者が、江戸時代の興味ある事柄をわかりやすく書いていている歴史随筆集です。

山東先生

アメリカ英語、とひと口にいってもさまざまな種類があります。イギリスでは使われなくなったがアメリカで生き残った語、元々別の意味で使われていたがアメリカで新たな意味を獲得した語、アメリカの国土に合わせてつくられたアメリカ起源の新しい語、既存の単語を結合させてつくられた語、外国語から借用された語、などです。本国で使われていた英語が、徐々にアメリカらしさを増していった要因は何なのでしょうか。
Richard Bailey(著), Speaking American: A History of English in the United States, Oxford University Press, 2015
この本は、アメリカ英語の歴史を17世紀から半世紀ごとに9つの時期に分け、各地域でどのような語が使用され始めたかについて概説しています。普段皆さんが何気なく使っている英語の意外な歴史が見えてくるかもしれませんよ。

山川先生

今回は「歴史」がテーマですから、表題に「歴史」がつく書籍を紹介します。ここではヘロドトス、松平千秋訳『歴史』上・中・下(岩波文庫)を取り上げます。

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、紀元前5世紀にペルシア帝国とアテナイを中心としたギリシアの諸ポリス連合とが衝突した戦争を叙述しました。その書の冒頭で「本書はハリカルナッソス出身のヘロドトスが、人間界の出来事が時の移ろいとともに忘れさられ、ギリシア人やバルバロイ(異邦人ここではペルシア人)の果たした偉大な驚嘆すべき事績の数々—とりわけ両者がいかなる原因から戦い交えるに至ったかの事情—も、やがて世の人に知られなくなるのを恐れて、自ら研究調査したところを書き述べたものである」と自らを名乗り、そして自分自身が実際に出かけて研究調査ヒストリアしたことを記述しますが、その真偽のほどは読者の判断に委ねています。
ヘロドトス(著)、松平千秋(訳)『歴史』上・中・下、岩波文庫、1971
全9巻のうち、最初の4巻はペルシアの拡大とその周辺地域の地誌・風土、風俗・習慣を記述し、当時の人々の生活に関わる貴重な情報を提供しています。特に第2巻はエジプトについて叙述していますが、ミイラ作りに至るまで興味深い話がたくさん盛り込まれています。第5巻で、ペルシア戦争の原因となったイオニア反乱が記述され、次いで第6巻でマラトンの戦い、第7巻でスパルタ王レオニダスが率いるスパルタ精鋭軍が玉砕したテルモピュライの戦い、第8巻でペルシア軍を退却させるキッカケとなったサラミスの海戦、第9巻でプラタイアイの戦い、ミュカレの戦いでペルシア軍が敗走するまでを時系列で叙述しますが、読者は知らず知らずに仕入れた情報を駆使し、奇想天外なエピソードを織り込んだヘロドトス・ワールドに引き込まれていきます。

柳川先生

① ストレートに「歴史」に関連する本を紹介しようとすると、あまりに多いので迷ってしまって断念

② 歴史関係の本がズラッと並ぶのであれば、(これまでにも歴史に関連するものを選んでいるので)ここは一つ違った切り口で…という発想の転換

③ 今年度卒業する学生が卒業論文のテーマに選んでいたので、読み返してみたくなった

以上の3点から。さすがに「タイトルが西暦」だからという訳ではなく、主人公の仕事が「歴史を改竄すること」という点で「歴史」に関連する本。 
ジョージ・オーウェル(著)、高橋和久(訳)「1984年」早川書房、2009
歴史を支配者の都合の良いように改竄する、あるいは過去の事物を顧みることのない社会、というのはディストピアを描いた作品の定番設定の一つかもしれない(少なくとも、私の中の「世界3大ディストピア小説」には共通している)。

作中では、遠い過去だけではなく、これから「歴史」になる日々の情報もせっせと改竄され続けているので、個人の記憶も信用できない。歴史にせよ現在の情報にせよ、支配者の都合の良いように変えられる世界というのは恐ろしい。とは言え、歴史も今日のニュースも、「誰か」によって伝えられていることは現実の世界でも変わりない。

歴史の本ではないものの、歴史や記録について考えさせるフィクションだと思う。

清水

私のゼミでは、中国茶(や日本の茶道)を卒論テーマに取り上げる学生がいます(数年に一人の割合で)。そうなると、あたらねばならないのが「茶の歴史」。そして、茶の歴史を辿っていくと必ず出会うのが、茶聖と謳われた陸羽(りくう)の『茶経』です。
陸羽(著)、布目 潮フウ(さんずい+風)(訳)『茶経 全訳注』、講談社、2012
本書を読むと、茶は単なる飲料ではなかったことが実に細やかな視点から語られています。わかりやすいものを紹介すると、例えば茶の史料集とも言える「七之事」には、茶の効用について、「人に力をつけ、志を悦(よろこば)しくさせる」とあります。身心の健康増進にもってこい、というわけです。

昔、北京に住んでいたときに通っていた茶店ではこんなことを言われました。「お茶でも酔うんだよ。」 蓋碗を傾けつつ、お茶に酔いながら(本当にフラフラしてくる)、茶の真髄に触れるのも良いものだと思います。

2016年度「卒業論文発表会」!

2/16、4年次生にとっての最後の山場…である「卒業論文発表会」が行われました。

質疑応答では学生や教員から鋭い質問が飛び、答えに窮する学生もいれば、これまで蓄積してきた知識をもとに自身の考えや思いを答える学生もいました。
汗と涙の結晶…
今回は発表者が多いこともあり、3会場に分かれての発表となりました。主査・副査を務める教員は複数の教室をあちこち移動…ということもあり、非常に慌ただしくもありました。
終盤の発表になると人も次第に減ってゆきますが、発表者にとっては緊張する時間ですね。
また、この日は4年次生以外の学生にとっても行事のある日でした。朝から夕方までと1日がかり。

10:00から 「所属ゼミの発表」(2年次生)
10:40から 「社会人話し方講座」(1、2、3年次生)

昼食(お弁当が出ました)

13:00から17:00 「卒業論文発表会」(全学年)

1~3年次生は、興味のある発表を自由に聞くことができる良い機会だったと思います。
4年次生のみなさん、発表ご苦労さまでした。今年度の卒論題目については、学科HPに掲載する予定です。

2017年

あけましておめでとうございます。本年も人間文化学科を宜しくお願いいたします。今年も文化フォーラムや人文フェスタなどにご期待下さい。
4年生は卒業論文執筆でお正月もないのではないでしょうか。頑張って下さいね。

【不定期企画】 教員による図書紹介(3)2016年12月

清水です。ほぼ月1企画となっている「教員による図書紹介」第3回は、学生の声に応えてみました。お題は、「趣味の一冊」です。趣味も趣味に対する考え方もさまざま。

◆脇先生

親譲りの無趣味で、子どものときから夢中になる「何か」があまりありませんでした。そんな僕にも寝食を忘れ、いや忘れませんが、かなりハマったものがあります。ひとつは歴史、もうひとつは音楽です。小学生~高校生の自分は重度の歴史オタクでした。が、時は移ろうもの。今でも好きではありますが、趣味と呼べるほどではないのです。

音楽は趣味です。間違いなく。大学生のときは、アコギをジャカジャカ弾いて隣から“壁ドン”を頂戴したことも。隣の人、ごめんなさい。というわけで、「趣味の一冊」というお題に応えるならこれかな、と。
rockin'on 2017年 01 月号
『ROCKIN’ON JAPAN』2017年1月
正直なところ、熱心な読者とは言えないと思います。学生時代、毎月立ち読みはしていましたが、買ったのはほぼゼロ。本屋さん、ごめんなさい。けれど、渋谷陽一の、自分勝手だけど熱量の多い記事は、僕のサブカルへの興味を開いたきっかけです。自分の解釈をより大きな文脈に乗せて考えるという「快感」を教えてもらいました。

その「快感」が研究で味わえるようになったからか、今はまったく読んでいません。音楽は自分のために聞くもの。ようやく純粋な趣味になったのだと思います。

◆古川先生
『東京のパリ案内―パリジェンヌ気分でめぐる都内50スポット』六耀社、2010年
フランスの日常的な文化に興味があり、また、専門研究の1つにフランス民法があるので、心はフランスに向かっています。このところ、時間と費用の関係でなかなかフランスに行く機会を持てなく、この本で日本のパリを楽しんでいます。まだ、どこも行ってはいませんが、この本が傍にあるだけで幸せです。

◆山東先生

Jonathan Maberry著,The X-Files: Trust No One,Idea & Design Works
私がアメリカに留学したのは1993年から94年にかけてですが、ちょうど93年秋から放映が始まったのがこのX-ファイルです。当時は英語の勉強も兼ねて、毎週寮のリビングでテレビの前に陣取っていましたが、ハマりすぎた結果?とうとう夢の中で、モルダー&スカリーと共演を果たしました(笑)

ペーパーバックだけでは物足りず、オフィシャルガイドブック・ マガジン・マップ、スクリーンプレイ、攻略本、CDなど、色々取り揃えています。興味のある方はぜひ研究室までどうぞ。

◆原先生

私は「趣味」という言葉が昔からどうも胡散くさくて気に入らない。真剣ではなくそこそこでいい、気散じの対象というイメージがつきまとっているからだ。仕事の補完物であり、どうでもよい退屈しのぎという意味での趣味など持ちたくもないし、「無趣味」で大いに結構と言いたい。

そもそも労働とその余暇にする趣味という近代ブルジョワ社会が体制維持のために都合よく生み出した二分法にどうしてこちらが従わなくてはならないのだろうか。仕事が苦痛としか感じられないのは不幸であり、疎外された労働を糊塗するためにあてがわれる余暇での趣味は、おのずから負の刻印を帯びざるをえない。それも無類の読書好きであり、それが昂じて仕事との見境がつかないほどになっている人文学研究者であればなおさらのこと、趣味と読書を同類に並べるには違和感を覚えざるを得ない。趣味などという甘い言葉ではなく、好奇心・興味をとことん突き詰めていくことこそ、人文学の醍醐味なのだから。
水木 しげる 『妖怪になりたい』 、河出文庫、2003
趣味と仕事という二分法に囚われない生き方を学者としてではなく、漫画家として実践したのが他ならぬ水木さんであり、自分の根っからの「奇妙なことへの興味」に趣味としてではなく、真剣に取り組み仕事へと昇華させた希有な例であろう。私も生来いろいろなことに興味をもっているが、それを自分の仕事と全く関係のない遊びや趣味としてほどほどに追求するのではなく、仕事と同程度かあるいはそれ以上に真剣に追求して相互に作用を及ぼしあうのが良いと考えている。

◆青木先生
アガサ・クリスティ『茶色の服を着た男』、東京創元社、1967
私が学生のころ、落ち込んだときにいつも寝転がって読みふけったのがこの本です。若い女性主人公の、あり得ないようなスリルとサスペンスの冒険物語で、主人公と自分を重ね、時間を忘れて物語にのめり込みました。主人公のアン・ベティングフェルドは、父を亡くして天涯孤独の身になり、職探しをしている最中にロンドンの地下鉄ホームで、偶然隣にいた男が線路に転落して感電死するという不気味な事件に出くわします。それを皮切りに、次々と殺人事件に出くわし、ついには暗号の手紙に導かれてアフリカ行きの客船に乗り込み、事件の核心と関係のあるらしい「茶色の服の男」の謎を追いかけることになります。そして、いつの間にか危険な事件のど真ん中に飛び込むことになるのです。そこには、美しき堕天使ルシファーが彼女を待っていました。自分のあこがれの人が実は恐ろしい悪人であったというどんでん返し。アガサは、次々に魅力的な仕掛けを繰り出し、読者を物語に引き込みます。

物語のクライマックスは手に汗握る脱出ドラマで、主人公が危険から逃れるまでを一体となって体験することになります。それを読み終わるころには、落ち込んだ気分も出来事からもいつの間にか抜け出しているというのがいつものことでした。退屈な日常から抜け出したいときにおすすめの第一級の冒険物語です。長い冬の夜にどうぞ。

◆清水

 「趣味」をどのようなものと考えるかは人それぞれだと思いますが、「趣味」を余暇の過ごし方の一つ、とするなら、今の私に趣味はありません。スケジュールを見ると、仕事、家事、育児、休養(仮眠など)だけで、余暇と言える(思える)時間がない…。

読書もタイトルを見直してみれば仕事や研究関連のものがほとんど。しかし、日頃数分の隙間時間があれば読んでいた本がありました。珈琲関連の書籍です。
臼井 隆一郎「コーヒーが廻り世界史が廻る―近代市民社会の黒い血液』、中央公論社、1992
珈琲の発祥から説き起こす本書は、珈琲という「黒い液体」が、各国の宗教や歴史の細部にまで流れ込んでゆくさまが、それはそれは緻密に描かれています。「ちょっとお茶でも」の意味がこんなに違うなんて…と驚きますよ。これを読んで私が思い浮かべたのは、台湾の(実は)豊かな珈琲文化。(日本ではなかなか飲めないですが、「阿里山コーヒー」は有名。)ということで、最近は台湾珈琲文化の本を探しています。自身の専門とは全く関係ないけれど、何かしら仕事の一つにできれば…と思ってます。