【月1企画?】教員による図書紹介(4)2017年4月

「月1企画」と言いながら、「月1」の看板が次第に揺らいできましたが…それでも、間隔が空きすぎないよう今後も続けていきます。年度初めを飾るテーマは「歴史」です。

脇 先生

学問をするうえで、その領域の歴史、すなわち学史(研究史)を知ることは非常に重要です。研究はその新規性を問われるものですが、自分勝手に何かを「発見」するわけにはいきません。もはや、りんごを落として「重力を発見したぞ!」なんて言えないわけです(検証にはいくらかの意味があるとしても)。つまり、〈今〉と〈これから〉において何が「新しい」のかは、学史という〈過去〉から見えてくるのです。
加賀野井秀一『20世紀言語学入門』、講談社、1995

富永健一『社会学講義』、中央公論社、1995
私が二股をかけている言語学と社会学から一冊ずつ。いずれも学史に沿った入門本であり、まさに王道ともいうべき内容です。特に『社会学講義』は、今読むと富永社会学の“色”も出ていて(読んだ当時はわからなかった…)、昨今の軽薄な新書とは一線を画す名著と言えるでしょう。

二冊とも20年前(!)の本ですし、新書という制約もあって、当該領域のすべて&近年の状況を網羅できているわけではありません。ただ、そこは読み手が補えばよい話。読書にしても授業にしても、学びのきっかけでしかないのです。

古川先生

磯田道史『江戸の備忘録』、文春文庫、2013
『武士の家計簿』の作者が、江戸時代の興味ある事柄をわかりやすく書いていている歴史随筆集です。

山東先生

アメリカ英語、とひと口にいってもさまざまな種類があります。イギリスでは使われなくなったがアメリカで生き残った語、元々別の意味で使われていたがアメリカで新たな意味を獲得した語、アメリカの国土に合わせてつくられたアメリカ起源の新しい語、既存の単語を結合させてつくられた語、外国語から借用された語、などです。本国で使われていた英語が、徐々にアメリカらしさを増していった要因は何なのでしょうか。
Richard Bailey(著), Speaking American: A History of English in the United States, Oxford University Press, 2015
この本は、アメリカ英語の歴史を17世紀から半世紀ごとに9つの時期に分け、各地域でどのような語が使用され始めたかについて概説しています。普段皆さんが何気なく使っている英語の意外な歴史が見えてくるかもしれませんよ。

山川先生

今回は「歴史」がテーマですから、表題に「歴史」がつく書籍を紹介します。ここではヘロドトス、松平千秋訳『歴史』上・中・下(岩波文庫)を取り上げます。

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、紀元前5世紀にペルシア帝国とアテナイを中心としたギリシアの諸ポリス連合とが衝突した戦争を叙述しました。その書の冒頭で「本書はハリカルナッソス出身のヘロドトスが、人間界の出来事が時の移ろいとともに忘れさられ、ギリシア人やバルバロイ(異邦人ここではペルシア人)の果たした偉大な驚嘆すべき事績の数々—とりわけ両者がいかなる原因から戦い交えるに至ったかの事情—も、やがて世の人に知られなくなるのを恐れて、自ら研究調査したところを書き述べたものである」と自らを名乗り、そして自分自身が実際に出かけて研究調査ヒストリアしたことを記述しますが、その真偽のほどは読者の判断に委ねています。
ヘロドトス(著)、松平千秋(訳)『歴史』上・中・下、岩波文庫、1971
全9巻のうち、最初の4巻はペルシアの拡大とその周辺地域の地誌・風土、風俗・習慣を記述し、当時の人々の生活に関わる貴重な情報を提供しています。特に第2巻はエジプトについて叙述していますが、ミイラ作りに至るまで興味深い話がたくさん盛り込まれています。第5巻で、ペルシア戦争の原因となったイオニア反乱が記述され、次いで第6巻でマラトンの戦い、第7巻でスパルタ王レオニダスが率いるスパルタ精鋭軍が玉砕したテルモピュライの戦い、第8巻でペルシア軍を退却させるキッカケとなったサラミスの海戦、第9巻でプラタイアイの戦い、ミュカレの戦いでペルシア軍が敗走するまでを時系列で叙述しますが、読者は知らず知らずに仕入れた情報を駆使し、奇想天外なエピソードを織り込んだヘロドトス・ワールドに引き込まれていきます。

柳川先生

① ストレートに「歴史」に関連する本を紹介しようとすると、あまりに多いので迷ってしまって断念

② 歴史関係の本がズラッと並ぶのであれば、(これまでにも歴史に関連するものを選んでいるので)ここは一つ違った切り口で…という発想の転換

③ 今年度卒業する学生が卒業論文のテーマに選んでいたので、読み返してみたくなった

以上の3点から。さすがに「タイトルが西暦」だからという訳ではなく、主人公の仕事が「歴史を改竄すること」という点で「歴史」に関連する本。 
ジョージ・オーウェル(著)、高橋和久(訳)「1984年」早川書房、2009
歴史を支配者の都合の良いように改竄する、あるいは過去の事物を顧みることのない社会、というのはディストピアを描いた作品の定番設定の一つかもしれない(少なくとも、私の中の「世界3大ディストピア小説」には共通している)。

作中では、遠い過去だけではなく、これから「歴史」になる日々の情報もせっせと改竄され続けているので、個人の記憶も信用できない。歴史にせよ現在の情報にせよ、支配者の都合の良いように変えられる世界というのは恐ろしい。とは言え、歴史も今日のニュースも、「誰か」によって伝えられていることは現実の世界でも変わりない。

歴史の本ではないものの、歴史や記録について考えさせるフィクションだと思う。

清水

私のゼミでは、中国茶(や日本の茶道)を卒論テーマに取り上げる学生がいます(数年に一人の割合で)。そうなると、あたらねばならないのが「茶の歴史」。そして、茶の歴史を辿っていくと必ず出会うのが、茶聖と謳われた陸羽(りくう)の『茶経』です。
陸羽(著)、布目 潮フウ(さんずい+風)(訳)『茶経 全訳注』、講談社、2012
本書を読むと、茶は単なる飲料ではなかったことが実に細やかな視点から語られています。わかりやすいものを紹介すると、例えば茶の史料集とも言える「七之事」には、茶の効用について、「人に力をつけ、志を悦(よろこば)しくさせる」とあります。身心の健康増進にもってこい、というわけです。

昔、北京に住んでいたときに通っていた茶店ではこんなことを言われました。「お茶でも酔うんだよ。」 蓋碗を傾けつつ、お茶に酔いながら(本当にフラフラしてくる)、茶の真髄に触れるのも良いものだと思います。