【月1企画】 教員による図書紹介(2)2016年11月

清水です。月1企画「教員による図書紹介」第二回です。

今月のテーマは、「研究のおもしろさ」です。

◆山東先生

Truman Capote (著) Breakfast at Tiffany's, ,Penguin Essentials,2011
大学3回生の時ゼミで読んだ洋書で、アメリカ英語に興味を惹かれるきっかけを与えただけでなく、1年後の留学に更なる希望を抱かせてくれた1冊です。原作は1958年発表ですが、オードリー・ヘップバーンが主役をつとめた1961年公開の映画もオススメ〜見終わった後は、思わずムーン・リバーを口ずさんでしまいます♪

口語・俗語がたくさん出てくるので、若干難しく感じるかもしれませんが、講談社英語文庫からは注釈つきのテキストが出ていますし、最近では村上春樹版の新訳もあるようです。学生時代に使用したテキスト・ノート・レポートも残していますので、興味のある方はお気軽に。


◆脇先生

いきなりですが、ひとつ懺悔を。実は「あなたの専門分野は?」という質問が苦手です。「語用論」とか「コミュニケーション論」などと答えてみるものの、いまだにしっくりきません。

もともと言語学を学んでいたはずの自分が、気づくと社会学の方法や概念も使っている…けれど興味の中心には常に「言語」が存在していて…すっかり分野の迷子です。私としては自分の問題意識と素直に向き合っただけなのですが、気づいたら言語学の王道から離れていたわけです。
 

“道を踏み外した”のはいつなのだろう、と考えてみました。分水嶺となったのは、この本でした。
菅野仁『ジンメル・つながりの哲学』 (NHKブックス)、NHK出版、2003

読んだ瞬間、「自分がやりたいのはこういうことだ!」と胸が躍りました。当時の私は、自分の興味が向かっている「これ」は一体何なのかという、漠然としているけれど非常に切迫したモヤモヤを抱えていました。自分の問題意識が明確になってきたのに、それを言語化できていなかったわけです。

正直なところジンメルについてはよくわからなかったけれど、「つながり」への思索は圧倒的に深まりました。この本から、より厳密に言えば菅野さんから(文章を通じてですが)受けた影響というのは絶大です。「言語」を武器にしてこの本で語られていることについて追究しよう…これが、今の研究の出発点でありゴールなのです。 


◆柳川先生

 「研究のおもしろさ」というテーマは、本を選ぶにはなかなか難しい。最もおもしろいと感じるのは、調査中の「大國家文書」だが、これに関しては残念ながら「本」が刊行されていない。学生時代に読んだ武家故実書や史料集を紹介しようか、とも思ったが、あまり共感を得られそうにない…
今谷明『戦国時代の貴族―『言継卿記』が描く京都』、講談社、2002
とりあえず、資史料のおもしろさに関連する本であれば、山科言継(やましなときつぐ)という貴族(武家服飾に関する論文を書いた際、随分お世話になった…)の日記を通して、戦国時代の社会や文化について記した『戦国時代の貴族-『言継卿記』が描く京都』などはどうだろうか。武将や合戦とは異なる戦国時代の一面が見えてくる。

近世に関連するものであれば、『近世人の研究-江戸時代の日記に見る人間像』。大名から町人、百姓まで、様々な身分の人が書き残した日記を紹介するとともに、近世の人々のモノの見かたや考え方を考察している。この中で取り上げられている朝日文左衛門の日記は『元禄御畳奉行の日記』で紹介され、一部は『摘録鸚鵡籠中記-元禄武士の日記』として活字化もされているので、近世人の「声」を聞いてみたい人はこちらもどうぞ。

ここまで長々書いて何だが、私にとっては「大國家文書」が一番おもしろい。いずれ論文集が刊行される(と思う)ので、その時は是非どうぞ、と最後に宣伝を。 


◆清水
宮崎市定『科挙ー中国の試験地獄』、中央公論新社(改版)、2003
直接の専門とは異なりますが、東洋史分野の名著、宮崎市定(みやざきいちさだ)『科挙-中国の試験地獄』を紹介します。学生の頃に本書を読んで、研究の「底力」や「凄み」を感じました。テーマは書名の通り、中国で1300年余り続いた科挙制度。時代も国も異なるのに、なぜそこまで詳細なことがわかるのか、どのような史料をどこまで読みこめばここまで書けるのかと感動しました。自分でもその感動を味わいたくて、日々史料や文献を読んでいるように思います。

本書には、制度や時代背景のみならず、当時科挙に関わった人々の生き方も克明に記されています。過酷な試験に耐えられず発狂する人、過去に誘惑して死に追いやった女性から祟られる人、カンニング(今も昔も変わらない?) でなんとか試験をパスしようとする人、など。

さて、科挙にパスするための試験勉強は過酷で、小さな頃から始まります。以下、その雰囲気をさらりと拾い上げた箇所を引用します。手始めに暗記するのは『論語』で、先生が読んだ後をひたすら繰り返すものだったそうです。

先生が、学而時習之(シエ・アル・シー・シー・ツ 学んで時に之を習う)と読むと、生徒がそのあとについて、シエ・アル・シー・シー・ツと大きな声をはりあげる。次に先生が、不亦説乎(ブー・イー・ユエ・フ また悦ばしからずや)と読むと、生徒も、ブー・イー・ユエ・フと読んで、これを何べんとなく繰り返す。しかし実際のところ、生徒は少しも悦ばしくないので、ついわき見をしたり、袖のなかで玩具をもてあそんだりしているのが見つかると、先生は遠慮なく叱ったり叩いたりする。(24頁)

子供にとって「おべんきょう」は少しも悦(よろこ)ばしくない…とは、いつの時代も変わらない?


◆古川先生
野崎綾子『正義・家族・法の構造変換−リベラル・フェミニズムの再定位』、勁草書房、2005
この本は、「家族と法」について研究することを、さらに深く意識したものです。

著書の野崎綾子は、弁護士から、法哲学研究者に助手に転身し、法学概論の原理問題と取り組む研究に進み、法哲学者としての活躍が期待されていましたが、32歳のときに途半ばで急逝しています。

近代以降、政治社会と家族は、公私二元論によりそれぞれ異なる原理が適用されるとしていましたが、第二波フェミニズムは、私的領域に女性の抑圧の原因があるとして、公私二元論を批判しました。これを契機に、著者は、政治の領域を支配する「正義」の原理が、家族の領域にも適用されるには、「正義」と「家族」・「親密圏」との関係をどのように捉えるのかという問題について考えたものです。少し難しいですが、読むと何となく著者の真摯な思いが伝わってきます。

◆重迫先生

丸山 圭三郎『ソシュールを読む』、講談社、2012
1983年出版の単行本を、おそらく1987年ごろ読んだはずです。他の著作とともに、言語に対する関心、想いを一気に高めてもらいました。詳しくはまた。


◆青木先生
宮澤賢治『注文の多い料理店』
出会い─賢治の世界へ

かねた一郎様 九月十九日あなたは、ごきげんよろしいほでけっこです。あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。とびどぐもたないでくなさい。山猫拝

鬱屈した高校生で会った私の心の扉をたたいたのは、こんなたどたどしい葉書の文句でした。

これは、宮沢賢治の童話集『注文の多い料理店』の巻頭の童話、「どんぐりと山猫」の冒頭に出て来る山猫からの手紙である。この手紙をもらった一郎は、小躍りして喜び、夜も眠れぬほど興奮した挙げ句、翌朝山猫を探しながら、山をさまようことになります。

高校生のころの私は思春期特有の万年憂鬱症とでもいうべき状態にありました。私は何かと自分の中にとじこもりがちで、心の居場所を探しあぐねていました。そんなあるひ、本棚の片隅で忘れられていた童話を読み返してみようと思ったのが、賢治との長い付き合いの始まりとなりました。そして、真っ先に私の心を捉えたのは『注文の多い料理店』でした。

山猫からの手紙は、一郎にも私にも、「心の世界」を開いてくれたのでした。そこには「にゃあとした顔」の山猫が待っており、「めんどなさいばん」についての意外な判決がありました。

このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのがいちばんえらい。

なんて愉快、痛快な言い切り。不機嫌で気難しかった私の心に、この逆さま言葉は飛び込んできました。賢治の童話は、当時の私にとって、アリスの「うさぎの穴」ではなかったかと思います。

それから、私は、新しく出版された『校本宮澤賢治全集』を全巻持って、大学に進学し、卒業論文を「銀河鉄道の夜」で書き、修士論文を「風の又三郎」の元になった「村童スケッチ」で書き、学位論文を詩集『春と修羅』などで書き、現在に至っています。高校の時であって以来、人生のかなりの時間をかけて、賢治と付き合うことになりました。
 


◆原先生
テーオドル・W. アドルノ『ミニマ・モラリア―傷ついた生活裡の省察』 、法政大学出版局、2009
哲学・社会学・歴史学・文学のいずれにも関心があり将来の専攻に迷っていた大学2年の時でした。大阪梅田にあった旭屋書店で、当時日本の近代思想を研究していたドイツ人講師と偶然出くわし、おすすめの本として紹介されたのが本書でした。まさに憑かれたように読みふけり、一読この思想家アドルノに心酔してしまったのです。思えばアドルノ自身、哲学・社会学・美学・文学のどの領域でも一流の仕事をした狭い専門の垣根を超えた学者でしたが、そのスタイルは今の私にも影響を与え続けています。

◆山川先生

眞念 稲田道彦(注釈)『四国徧禮道指南(しこくへんろみちしるべ)』、講談社、2015
江戸時代の真言宗僧眞念が、四国遍路に関わる旅行情報満載のガイドブックを書き記し、明治時代まで重版を重ねた超ロングセラー本で、民衆が四国遍路に出掛けるきっかけとなり、現在の四国遍路の基礎を築いたと言っても過言ではない本です。

今般、長年にわたって実地に歩きながら遍路研究をされてきた稲田氏により、本書が現代語の全注釈付きの文庫本として出版されました。単に遍路札所寺院の紹介だけではなく、近辺の地勢や町、史跡、当地の名物に至るまで盛りだくさんの情報が記され、江戸時代に庶民による四国遍路の隆盛を引き起こしました。旅行好きな人や四国遍路に関心のある人には必須本です。